妻が突然「保護犬を飼いたい」と言い出したのは、2020年の初夏でした。テレビを見ていたときです。
そこから犬を探しはじめて、私たちが最初にぶつかったのは年齢制限でした。60代の夫婦が里親に応募するというのは、思っていたほど簡単ではなかったのです。
結果として我が家に来たのは、ブリーダーの繁殖を引退した5歳のミニチュアシュナウザーでした。名前はトリコといいます。

きっかけは、テレビと、眉毛
妻がテレビで保護犬の企画を見て、「保護犬を飼いたい」と言い出しました。
犬種はなぜかシュナウザーだと決まっていました。理由を聞くと、「おじいさんみたいな眉毛がかわいいから」。それだけです。
こうして、犬探しが始まりました。
探しはじめて知った、年齢制限のこと
まず、実際に見に行きました。大阪・寺田町のドッグカフェにも足を運びましたし、ネットの里親募集もいくつも見ました。
そこで初めて知ったのが、里親には年齢制限があるということです。
私たちが断られたわけではありません。募集要項を読んでいて気づいたのです。「60歳まで」「65歳未満」といった条件が、珍しくない。犬は10年、15年と生きます。最後まで面倒を見られるか——団体がそこを見るのは当然のことです。
ただ、応募する側からすると、これは重い条件でした。当時、私は60代、妻も60代。「結構、厳しいんだな」というのが、そのときの正直な感想です。

繁殖リタイア犬という道があった
そんな中でたどり着いたのが、ブリーダーの繁殖リタイア犬でした。
繁殖の役目を終えた犬が、新しい家族を探している。子犬ではありません。すでに成犬で、性格も体つきもできあがっています。
子犬から育てたい人には向かないかもしれません。でも私たちにとっては、むしろこちらのほうが現実的でした。
2020年7月11日、メールを送った
犬の総合情報サイト dogoo.com の里親募集を見て、掲載していた団体にメールを送りました。2020年7月11日、土曜日の夜でした。
書いたのは、こういうことです。
- 夫婦2人であること
- 子どもたちは独立して、家に余裕があること
- 一戸建てに住んでいること
- 休みには夫婦で山登りや旅行に行くほど、まだまだ元気であること
- だから一生かわいがっていくことも全く問題ないと思っていること
年齢のことは、隠しても仕方がありません。正直に書いて、そのうえで「まだ元気だ」と伝えるしかありませんでした。
問い合わせた犬は、もう決まっていた
問い合わせの翌朝、返事が来ました。「カケル君は里親様が決まりました」。私たちが問い合わせたのは、サイトに載っていた生後10か月のオスの子だったのです。
そのうえで、こう続いていました。
もしシュナウザーをお探しであれば、四歳から五歳の♀でお家が決まっていない子がいますのでご紹介させて頂きます
それがトリコでした。私たちが探していたのは、まったく別の犬だったのです。
同じ日に、別の2頭と会っていた
実はその日、私たちは別の2頭と顔合わせをしていました。同じブリーダーから保護された犬たちです。
ただ、条件がありました。妊娠している可能性があり、それを納得したうえでの引き取りだというのです。
事情はこうでした。ブリーダーが高齢で、話がどこまで本当か分からない。雄と雌が混ざった環境で飼われていた可能性がある。エコー検査では妊娠していないという結果が出ているが、直近の妊娠だとエコーに写らないこともある——。
そして、もし妊娠していたら、生まれた子犬まで責任を持って育てるか、次の譲渡先を探すことが条件でした。
1頭は、非常に気に入っていました。かなり迷いました。
それでも、最悪の場合にそこまで責任が取れるかを考えて、決心がつかずに帰ってきました。
保護犬を迎えるというのは、こういう判断も含みます。かわいそうだから、かわいいから、では引き取れないことがある。あのとき連れて帰らなかったことを、いまでも時々考えます。
会いに行くつもりが、その日に連れて帰った
その日の夜、私は団体に「トリコちゃんの状況は、その後いかがでしょうか」と聞いています。返事は「まだいます」。ただし火曜は避妊手術の予約が入っているので、別の日はどうか、と。
木曜の朝一で伺うことにしました。
私が想像していた流れは、こうでした。まず顔合わせがあって、試験的に家に来て、1か月ほどして正式に決まる。よくそう聞きます。
ところが、訪問の前日になっても訪問先の情報が届きませんでした。こちらから聞いています。
明日お伺いしようと思っておりますが、訪問先の情報をいただいておりませんので、よろしくお願いいたします。
昨日の手術は無事に終了しましたでしょうか?
それから、明日は術後すぐなので、顔合わせだけで引き取りは後日ということになるのでしょうか?
色々お聞きして申し訳ありません。初めての事でよくわかっていませんので、ご容赦ください。
このとおり、私は前日の時点でも「顔合わせだけ」のつもりでいました。
実際は違いました。会いに行ったその日に、そのまま連れて帰ることになりました。試験期間も、後日の確認もありません。
そして引き取りに行ったのは、避妊手術の2日後でした。大丈夫かいな、と思ったのを覚えています。
ただし、書面はきちんとしていた
手順は想像と違いましたが、書面は交わしています。「譲渡誓約書」という紙で、11の項目に同意する形でした。2通作成して、譲渡人と譲受人が1通ずつ保管する、と書いてあります。
正直に書くと、私はすっかり忘れていました。この記事を書くために古い書類を探していて、初めて「そういえば交わしたな」と思い出したくらいです。
中身は、しっかりしたものでした。抜き出すと、こういう項目です。
- 同居家族全員の同意のうえで愛育する。いかなる理由をもっても飼育放棄はしない
- ワクチン接種、フィラリア予防、健康診断など定期的な医療ケアを行う
- 去勢・不妊手術を受けてからの譲渡に応じる。かかった費用は負担する
- 畜犬登録・犬鑑札・注射票の装着など法律を遵守する
- 業者への転売、動物虐待目的、繁殖目的などが認められた場合は、直ちに返還する

4番目の項目が、避妊手術のことです。手術を済ませてから引き渡すという取り決めが、最初から書面にあったわけです。
そして、第9項にこうあります。
譲受後も定期的に近況を報告します(詳細は譲渡人と相談)。譲渡人から依頼があった場合は速やかにいわれた通り報告します。
この一項があったことは、あとで効いてきます。
「トリコ」は、もともとの名前だった
誓約書の犬の欄には、こう書かれています。「♀(仮 トリコ)2015.7.17日生」。
「仮」とあるのは、引き取った人が名前を変えてもいいからだそうです。これも、あとから聞きました。
でも、変えませんでした。呼ばれ慣れている名前のほうがいいだろうと思ったからです。
正直に言うと、最初は変な名前だと思いました。いまは、いい名前だと思っています。変えなくてよかった。もう、あなたのトリコです。
7月16日、トリコが来た
メールを送って5日後、トリコは我が家に来ました。

来た日の写真です。うつむいて、目を伏せています。当然でしょう。それまでいた場所から、いきなり知らない家に来たのですから。
そのときトリコは5歳でした。2015年7月生まれです。
最初の1か月
8日後、初めての散歩に出ました。

このとき書いた記録が残っています。「リードを付けると固まってしまいます」。歩かないのです。
体のほうも大変でした。引き渡しの2日前に受けた避妊手術に加えて、うちに来てから歯石取りも受けています。1か月のあいだに、全身麻酔が2回。繁殖を終えた犬を迎えるということは、こういうことも含みます。
「歯石取り」と書きましたが、実際には歯を抜いています。このあと歯のことでは4年ほど苦労することになります。その顛末は犬が歯磨きを嫌がるなら指サックをに書きました。
繁殖を終えるまで、歯のことは後回しになっていたのだと思います。これも、成犬を迎えるということの一部です。
そして、連れて帰って数日後。縫い目のまわりが赤くなっていました。心配になって、団体に問い合わせたメールが残っています。
トリコちゃんは、日々、元気になって、すっかり慣れてくれています。
今日、おなかのところを見たのですが、縫い目のあたりが少し赤くなっています。時々、かゆいのかなめたりしているので、かさぶたのかもしれません。
早めに医者に連れて行った方がいいでしょうか?
読み返すと、よく分かります。自分で判断できていない。かかりつけの獣医を決めていなかったので、譲渡してくれた相手に聞くしかなかったのです。
※ 手術痕の写真が続きます。苦手な方は読み飛ばしてください。


1か月の記念日に、私はこう書いていました。
その短い間に、2回も全身麻酔で、避妊手術と歯石取りという大イベントがあって、とても心配しましたが、元気にしてくれています。親として、第2の人生を大いに楽しんで、元気で長生きしてくれることを切に願います。

その後、一度だけ報告した
引き取ってから約8か月後、2021年3月に、私は団体にメールを送っています。写真も付けました。誓約書の第9項に「譲受後も定期的に近況を報告します」とあったからです。
大変ご無沙汰しています。
昨年7月に引き取らせていただきましたトリコさんですが、その後、これと言った問題もなく元気に過ごしておりますことをご報告します。
トリコさんに出逢えて本当に良かったです。
ありがとうございます。
返事はありませんでした。
それだけのことです。こちらから見れば、あのやりとりはそこで終わりました。
5年たっても、やっぱり固まる
それから5年たちました。
散歩は毎日行きます。旅にも一緒に行くようになりました。それでも、変わらないものがあります。

被せると、固まる。2020年にリードで固まった犬は、2024年にレインコートのフードでも固まりました。5年たっても同じです。
こういうのは、たぶん一生変わらないのだと思います。それでいいと思っています。
いま、トリコは11歳
2026年7月で11歳になりました。人間でいえば還暦を過ぎたあたりです。
迎えたときに書いた「第2の人生を大いに楽しんで」を、いま実行しているところです。車で出かけ、宿に泊まり、船にも乗りました。あと何年、一緒に元気に旅ができるのか分かりません。だから、行けるうちに行っています。
同じことを考えている方へ
60代で保護犬を迎えたいと考えている方に、私たちの経験から言えることは3つです。
- 年齢制限は実在する。募集要項をよく読むこと。断られてから知るより、先に知っておいたほうがいい
- 繁殖リタイア犬という選択肢がある。子犬ではないぶん、性格が分かっている。年齢の条件も比較的通りやすい
- 迎えた直後に医療費がかかることがある。うちは1か月で全身麻酔が2回。そこを織り込んでおくこと
- 譲渡の手順は、決まっているわけではない。顔合わせだけのつもりで行ったら、その日に連れて帰ることになった
- 引き取る前に、かかりつけの獣医を決めておくこと。うちはそれをしていませんでした。縫い目が赤くなったとき、譲渡してくれた相手に聞くしかなかったのです
- 条件が重い犬もいる。私たちは、妊娠の可能性があり子犬まで責任を持つ条件だった2頭を、気に入っていながら諦めました。かわいそうだから、では引き取れないことがある
そして、来た日にうつむいていた犬が、5年後には浴衣を着て山城に登っています。それだけは、間違いなく言えます。その旅のことは竹田城跡は犬連れで登れるに書きました。

